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Echoes My Noteと Sanctuary World

ネタバレというかガンガン歌詞を言います

個人の感想です

っていうか妄想に近い…かもしれない…


なんていうかEchoes My Noteのときに感じた違和感の正体がやっとわかったような気持ちで、なにかっていうと「Echoes My Noteのほうが都築さんっぽい歌詞してるな」って印象を受けたことがだったんですよね。
それを、「Sanctuary Worldのほうが麗さんっぽい歌詞しているな」ということでやっと気がついたというか、この二人はどこまでも重なっているようでそうではないんだなあ、みたいなことを感じたというか、なんというか。

これらの印象の一連は俯瞰で二人を見たときの対比、おおまかなイメージという意味合いで、たとえばイベント中の心理の機敏とか、本来の素質とか、そういうものではなくて。
あくまで、言うなれば「しっかり者のほうが麗さん」「ぽわぽわしているほうが都築さん」みたいな、ざっくりとしたキャラクター性の話です。

キャラクター性だけでいうなら、「嬉しいとこぼれる不思議な音色 また生まれてゆく」ほうが都築さんぽいじゃないですか。
さいしょっから、音が消えるから足音たてるなとかむずかしいこと言いよるのは都築さんのほう。

そして「どこまでも広がり続ける暗闇」とか、ヴァイオリンを弾くことができなくなった当初の麗さんぽいなあ、と思ってしまって。
都築さんにだって孤独はあったこと、今ではわかっていますけど、でも語り口と本人の存在感からしてそれが「闇」とまでいえるものなのかって、そこまでは感じられなかったような気がします。私は。

単純に麗さんは「闇を抜けた今」の曲で、都築さんが「過去と現在と」の曲だからこそ感じた違和でしかないっていう話なんですけれど…。
くそっ、あっ、ちがう、うさぎっ。結論を見失った。

都築さんはいちど天使に会って、そしてもしかしたら前に楽曲提供していたアイドルに会って、いちど、もしくは二度Sanctuary Worldに居た経験があるかもしれなくて、だけど実はそのときよりも麗さんとの出会いのほうがより衝撃が強いからこそ今がはじめてのSanctuary Worldかもしれなくて、そのへんがわからないとどうともいえない…。

ただ思うのは、私の中にいた都築圭を不意に見失いそうでこわくて、私はどうしたって都築Pだし都築さんのぜんぶを知りたいし、都築さんのぜんぶを音楽だけにしたくないし、だからグオ~~~プロデュース頑張らなきゃな~~~みたいな、そういうアレです。なに?もうよくわかんない(ここに至るまで仕事の電話が五度ほど鳴りまして、もう言いたいことをマジで忘れました)

アルテPで仲がいい人がぜんっぜんいないのは解釈違いが怖いのもそうなんですけど「わたしよりAltessimoのことをちゃんと理解している人がいたら、めちゃくちゃ悔しいから」なんだろうなあと思って、プライドが変に高いプロデューサーでごめんなぁ、とよく思うのであった。

あとぶっちゃけ作詞家のひとをどこまで信用していいかわからないというか、どういう順序だての作詞で、どこまでの情報が開示されているのかわからないとなんともいえないなあとも思うし、正直そのへんをあまり信用しきれていない自分がいたりするな、としみじみ思う、若干歌詞の端々が解釈違いなんですけれどそれが公式見解でいいのか作詞家さんのフレーズ選びの影響なのかが、うーん…。
便宜上「解釈違い」といいましたが、そこまで強い反発心があるわけでもなく、同時に「具体的にここが違う!」という強い不満があるわけでもなく、ただ全体的な「ことばのニュアンス」みたいなものが…うーん…なんていうんだ、でもほんと不満だったりするわけではないんです。ただ、なんていうか、完全に腑に落ちるっていうのはちょっと違うなってSLのときからずっと思っているというか…。
でも私の解釈のほうがズレていた可能性もおおいにあるし(むしろこっちの可能性が高い)(それを素直に受け入れることがまた難しい厄介Pを許して)、どこのプロデューサーであっても大小あれどみんなぶち当たりそう・あるいはすでにぶち当たっていそうな壁だなあ、と思ったりもして。これはほんとに余談中の余談。


という日記になって終了。
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