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キライへの対処法

私にはキライなものが多い。


なんちゅう出だしのブログじゃと自分でも思うのだけれど事実なので致し方ない。

キライなもの、というより「許せないもの」と言い換えてもいい。
キライなものが多ければ多いほどイライラすることが増えるわけで、私としてもなんとか許容していきたいのだが、私のプライドと価値観がそれを許さない。いかんともしがたい。大変にめんどうくさく、もはやそういう自分も「キライなもの」のひとつである。

キライなもの、と一口に言ったけれど、そこには様々なキライの種類がある。
たとえばピーマンがキライだ。これは単純に、おいしくないのでキライ。
同時に、歩きタバコもキライだ。喫煙所や喫煙可能なお店などで吸うぶんには好きにすれば、と思うが歩きながらって怖い。怖いので、キライだ。
オタク的な話になると、いわゆる2.5次元がキライである。あんまりにもキライすぎてツイッターで10ツイートぶんぐらいキライな理由を羅列したら精神を病み、こうしてわけのわからんブログなんざをしたためはじめることになった。
ヘイトは怖い。

そう、ヘイトは怖いし、よろしくない。
だからといって自分の中に押し込め続けると、それはそれでガスが充満しているような嫌気がさしてくる。
なんでキライなんだろう、とか考えはじめてしまう。しかしキライであるからにはそれなりの理由もあるわけで、そこの答えにたどり着くまで考え込んでしまう負のエネルギー、ほんっとに無駄だなあと思う。

結論として私みたいなもんはSNSには近寄るな、と思った。
SNSには好きなものが多く転がっているけれど、そのぶんキライなものも目に付きやすい。そんなこと百も承知だったのだけれど、このところとみに多い。いちいち「苦手なやつだ!」と思ってしまう自分がイヤだ。
そうわかっているし、なんならこんな実感を持つ前からろくなことになっちゃないという自覚はあったのだが、もう依存症と化している自分がいて、ちょっとやそっとのことでは抜け出せそうになかった。
これが転機かもしれない、とも思う。

事実SNSきっかけにお友達がたくさん増えて、私の毎日は楽しくなったので、全面的にやめよう!とか思うわけじゃないんだけれど、つまり使い方だよなあと当たり前のことを思う。
「知っている」と「出来ている」はまったく別物なんだなと改めて感じた。


私もキライなものの数々を愛することができれば人生楽しいだろうか。
楽しいだろうなあ。
しかし楽しいとわかっていてもそこに踏み出す気力と金と精神力がないのだなあ、と思う。
受け入れるより否定するほうがエネルギーを使う気がする今日のこのごろ。
これも幾度となく感じてきて、知っていたことではあるけれど、あらためて思う。人生ってこんなことの繰り返しなんだろうなあ。
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